失敗しない見積もりの出し方。工数計算と「バッファ」の重要性

フリーランスや起業家の死亡原因ランキングを作るとすれば、上位に必ずランクインするのが「見積もりの失敗」です。
「このくらいの作業なら、3日もあれば終わるだろう」と安易に引き受けた案件が、蓋を開けてみれば未知の技術的負債だらけ。クライアントからの五月雨式な修正要望に応えているうちに1週間、2週間と時間が溶け、時給換算すれば数百円、あるいは赤字に転落する。この「デスマーチ」は、スキル不足ではなく、見積もり能力の欠如によって引き起こされます。
見積もりとは、単なる「値段の提示」ではありません。それは、プロジェクトの全貌を論理的に分解し、リスクを予見し、自分とクライアント双方の利益を守るための「設計図」そのものです。この設計図が杜撰であれば、どんなに優れた建築技術(プログラミングやデザインスキル)を持っていても、そのプロジェクトは必ず崩壊します。
アクトハウスでは、後半の「稼ぐ100日の実務」において、実際にクライアントに見積書を提出するケースも多々。そこで多くの参加者が、自分の甘さを数字として突きつけられ、冷や汗をかくことになります。本稿では、感覚や度胸に頼らない、ロジカルな工数計算の手法と、プロとして生存するための「バッファ(予備費)」の考え方について解説します。
初心者が陥る「願望見積もり」の罠
なぜ、初心者の見積もりは常に安すぎるのでしょうか。そこには「インポスター症候群(詐欺師症候群)」と「楽観性バイアス」という2つの心理的罠が潜んでいます。
まず、自分のスキルに自信がないため、「高い金額を提示したら断られるのではないか」「まだ勉強中の身だから」と、無意識に自分を安売りしてしまいます。次に、「順調にいけばこれくらいで終わるはず」という、トラブルゼロの理想的なシナリオを前提に計算してしまいます。
しかし、ビジネスの現場において「順調にいく」ことなどあり得ません。仕様の認識齟齬、ライブラリのバグ、サーバーの不調、クライアント担当者の急な変更。これら「不確実性」こそがプロジェクトの常態です。
アクトハウスが「ビジネステック留学」としてビジネスの授業を重視するのは、このマインドセットを矯正するためです。見積もりは「願望」ではなく「予測」であり、さらには「防衛」でなければなりません。安売りは美徳ではなく、業界全体の単価を下げる迷惑行為であり、何よりあなた自身の未来を食い潰す自傷行為です。
ロジカルな工数計算:WBSによる分解
正確な見積もりを作るための唯一の方法は、タスクを原子レベルまで分解することです。これをWBS(Work Breakdown Structure)と呼びます。
例えば「Webサイトのトップページ制作」というタスクがあったとします。これを「トップページ制作:10時間」と一行で計上するのは素人です。プロの分解はこうなります。
①要件定義・ヒアリング:2時間
②競合リサーチ・構成案作成:3時間
③デザイン(初稿作成):5時間
④デザイン修正(2回想定):2時間
⑤開発環境構築:1時間
⑥コーディング(ヘッダー・フッター):2時間
⑦コーディング(メインコンテンツ):4時間
⑧スマホ対応(レスポンシブ):3時間
⑨アニメーション実装:2時間
⑩ブラウザ・実機検証:2時間
⑪修正対応・納品作業:2時間
合計:28時間
「10時間」という感覚値と、「28時間」という積み上げ値。これだけで3倍近い開きがあります。
人間は、塊(チャンク)で物事を捉えると、その中にある細かな手間を無意識に無視する傾向があります。特に、環境構築や検証、コミュニケーションコストといった「直接制作していない時間」が見落とされがちです。
アクトハウスの授業では、案件の要求対応によってはAI(ChatGPTなど)を活用してこのWBSを生成・精査させるトレーニングも行います。「Logic Prompt」のスキルを使えば、抜け漏れのないタスクリストを瞬時に作成し、経験の浅さを補完することが可能です。細分化されたタスクに、自分の作業スピード(ベロシティ)を掛け合わせることで初めて、根拠のある「原価」が見えてきます。
「バッファ」はサボり代ではなく、品質の保険
工数計算で弾き出した時間が「28時間」だったとして、そのまま見積もりに反映させてはいけません。ここに必ず「バッファ(予備費)」を乗せる必要があります。
「何もしていない時間にお金を貰うのは気が引ける」と考えるのは間違いです。バッファとは、予期せぬトラブルが発生した際に、品質を落とさずに対応するための「保険」です。
もしバッファがゼロで、想定外のバグが発生したらどうなるか。あなたは納期を守るために、徹夜をするか、テストを省略して納品するしかなくなります。それは結果として、バグだらけの成果物を納品することになり、クライアントの信頼を損ないます。
一般的に、初心者のうちは算出した工数の「1.5倍〜2倍」をバッファとして積むことを推奨しています。
「調査・予備費」という項目で見積もりに計上しても良いですし、各タスクの単価にリスクヘッジ分を上乗せしても構いません。重要なのは、トラブルが起きても自分が赤字にならず、冷静に対処できる余白(マージン)を確保しておくことです。
この余白があるからこそ、クライアントからの「ここを少し直してほしい」という要望にも、「今回はサービスで対応しますよ」と笑顔で応える余裕が生まれます。バッファは、あなたの精神衛生と、クライアント満足度の両方を守るための必須経費。
もし、あなたが今の見積もりに自信が持てず、いつも納期に追われて疲弊しているなら、それはスキルの問題ではなく、計算式の問題かもしれません。正しい計算式を知り、それを実行に移す勇気を持つこと。
経営者としての数字感覚は、クリエイティブ能力以上にあなたの寿命を左右します。
見積書は「範囲」を定義する契約書
見積もりにおいて、金額と同じくらい重要なのが「前提条件」と「対象外範囲」の記述です。
「Webサイト制作一式:30万円」
これだけでは、トラブルを予約しているようなものです。
「一式」の中に、サーバー契約代行は含まれるのか? 原稿作成は? 写真撮影は? SEO対策は? ブラウザのサポート範囲はIEを含むのか?
これらを明記していなければ、クライアントは「当然やってくれるもの」として要求してきます。
・対応ブラウザ:Google Chrome, Safari, Edgeの最新版(IEは対象外)
・修正回数:各工程につき2回まで(3回目以降は別途費用)
・素材:クライアント支給(撮影が必要な場合は別途見積もり)
・納期:素材受領後、3週間
このように、「何をするか」だけでなく「何をしないか」を明確に定義することで、見積書はあなたを守る盾となります。
アクトハウスの「稼ぐ100日の実務」では、実際にこの記述が甘かったために、範囲外の作業をタダ働きさせられるチームが後を絶ちません。しかし、その痛みこそが、「次は絶対に記載しよう」という強烈な学習効果を生みます。座学で教わる「契約の重要性」と、現場で味わう「契約不備の恐怖」は、理解の深度が全く異なります。
価格交渉は「価値」のプレゼンテーション
適正な工数とバッファを積んだ見積もりを出すと、当然ながらクライアントからは「高い」と言われることがあります。ここで、すぐに「じゃあ値引きします」と答えてはいけません。それは、自分の見積もりに根拠がないと認めることと同じだからです。
「高い」と言われたら、まずはその理由を説明する。「御社の要望を実現するためには、これだけの工程と品質担保が必要だからです」と、WBSを見せながら論理的に解説するのです。
それでも予算が合わない場合は、「金額」を下げるのではなく、「スコープ(作業範囲)」を削る提案をします。
「では、アニメーション実装をなくせば5万円下げられます」
「お知らせ機能はWordPressではなく、外部の無料ツール埋め込みにすれば工数を削減できます」
これを「松竹梅」の提案と呼びます。機能を削って安くするプラン(梅)、標準プラン(竹)、さらに付加価値をつけたプラン(松)。選択肢を提示することで、クライアントは「買うか買わないか」ではなく「どれにするか」という検討に入ります。
この交渉プロセスこそが、ビジネスの本質です。ただ言われた通りに作るのではなく、予算内で最大の効果を出すための最適解を共に探る。その姿勢があれば、適正価格での受注は決して難しくありません。
自分の「時給」を死守せよ
見積もりを作る時、最終的に立ち返るべきは「自分の時給をいくらに設定するか」という意思決定です。
時給は、あなたの市場価値そのもの。
未経験だからといって、最低賃金以下で働く必要はありません。アクトハウスで「Logic Prompt」「Art&Science」「Marketing/Strategy」「English Dialogue」の4教科を修めたのなら、あなたは単なる作業員ではなく、課題解決ができるプロフェッショナルです。
プロがプロとして生きていくためには、再生産のためのコスト(学習費、機材費、休息)を含めた価格設定が必要です。安売り競争は、誰も幸せになりません。
「失敗しない見積もり」とは、高額をふっかけることではありません。
作業にかかる労力を正しく見積もり、リスクを考慮し、自分とクライアントが対等な関係でプロジェクトを進められる「握手」の条件を提示することです。
数字に弱ければ、搾取されます。
どんぶり勘定では、破綻します。
アクトハウスの180日間は、技術を学ぶ期間であると同時に、こうした「商売の原理原則」を骨の髄まで叩き込む期間でもあります。
あなたがもし、クリエイターとして長く、太く生きていきたいと願うなら。
そのための武器は、ここに全て揃っています。
計算機を片手に、世界へ挑む準備はできていますか?
著者:清宮 雄(アクトハウス代表) 起業家・ブランドアーキテクト。2014年にセブ島でIT留学の草分けアクトハウスを設立。「ビジネス×テック」をテーマに、時代に左右されない強靭な個の育成に従事。

















