メンターは先生ではない。正解ではなく「思考」を盗む技術とは

「まだ見れてないのですが、見てくだい」
「これってうまくいきますかね」
これは学校では正解かもしれないが、エンジニアの世界、そしてアクトハウスでは0点の質問・アプローチになる。
メンターを「答えを持っている先生」だと思っているうちは、いつまで経っても自走できない。
彼らは「先生」ではない。あなたの成長を加速させるための、最強の「リソース」であり、思考を跳ね返す「壁」だ。
今回は、アクトハウスにおけるメンターとの正しい付き合い方、そしてその価値を最大化する「使い倒し方」について話そう。
「正解」を聞く前に「思考の地図」を合わせろ
エラーが出た時、すぐに答えを求めていないだろうか。
「ここを直せば動くよ」と言われて修正する。確かに動く。しかし、あなたの脳には何も残っていない。 次に同じエラーが出た時、あなたはまた立ち尽くすことになる。
メンターに聞くべきは「正解(Code)」ではない。「思考プロセス(Context)」だ。
「自分はここまで調べて、原因はAかBだと思うのですが、この仮説の検証方法は合っていますか?」
このように問いかけることで、メンターはあなたの思考のバグをデバッグしてくれる。
「その仮説なら、まずログを見てみよう」 「いや、そもそも設計思想がズレているかもしれない」
この対話を通じて、現役エンジニアがどう問題にアプローチし、どう解決へ導くかという「思考の地図」を盗むことができる。
これこそが、独学では絶対に手に入らない資産だ。
ChatGPT/Geminiにはできない「壁打ち」の価値
「コードのエラー解決ならChatGPTでいいのでは?」 その通り。構文エラーや一般的なバグ修正なら、AIの方が速いし正確かもしれない。 しかし、AIはあなたの「文脈」を知らない。あなたの将来のキャリアプランも、今作っているプロダクトのビジネス的な狙いも理解していない。
メンターがいる本当の価値は、答えのない問いに対する「壁打ち相手」として機能することだ。
「この機能、ユーザーにとっては使いにくいと思うんですが、どう実装するのがベストですか?」 「フリーランスとして独立したいけど、今のポートフォリオで通用しますか?」
こうした問いには、唯一の正解はない。あるのは、現場の修羅場をくぐり抜けてきた先人の「経験則」と「哲学」だけだ。 彼らと対等な立場で議論し、自分の未熟なアイデアをぶつけ、フィードバックをもらう。そのラリーの中で、あなたの視座は強制的に引き上げられる。 AIは「情報」をくれるが、メンターは「視点」をくれるのだ。
プロの時間を「買う」という感覚
いやらしい話をしよう。 アクトハウスのメンター陣は、市場価値の高い現役のエンジニアやクリエイターだ。
彼らを本来の単価で雇おうと思えば、1時間あたり数千円、場合によっては数万円のコストがかかる。 そんな彼らが、あなたの隣に座り、いつでも質問できる状態で待機している。 この環境がいかに異常で、贅沢なことか理解できるかどうか、忘れないで半年を走り抜けられるかどうか。
受講料を払った時点で、あなたはこのリソースへのアクセス権を購入している。
「遠慮して聞けない」というのは、高級ビュッフェに行って水を飲んで帰るようなものだ。 使い倒さなければ損だ。
ただし、敬意は忘れてはならない。彼らはあなたの部下ではない。
プロとしての時間を割いてもらう以上、あなたもプロを目指す者として、最低限の準備(仮説構築)をしてから挑むのがマナーだ。
依存ではない。自立のための「利用」だ
「聞きすぎると自走力がつかないのでは?」と心配するかもしれない。 逆だ。徹底的に聞き、徹底的に盗んだ者ほど、早く自立する。 中途半端に一人で悩んで時間を浪費するより、メンターの知恵を借りて高速でPDCAを回す方が、圧倒的に成長速度は速い。
アクトハウスの半年間は、メンターという補助輪を付けて、全速力で走る練習期間だ。 転びそうになったら支えてもらう。コースを間違えたら指摘してもらう。
そうやって走り方、転び方、起き上がり方を身体に叩き込む。 卒業する時、補助輪が外れたあなたは、もう一人でどこまでも走っていけるようになっているはずだ。
遠慮はいらない。議論する。深淵に触れる。
メンターを踏み台にして、いつか彼らを超えるエンジニアになっていくこと。
それが、メンターに対する最大の恩返しなのだから。
著者:清宮 雄(アクトハウス代表) 起業家・ブランドアーキテクト。2014年にセブ島でIT留学の草分けアクトハウスを設立。「ビジネス×テック」をテーマに、時代に左右されない強靭な個の育成=「+180 ビジネステック留学」の戦略・運営を主導。

















