2026.06.10
これから評価されるのは「速く作る人」ではなく「正しく削る人」
ものづくりにおける評価軸の静かな転換
かつて、プロダクト開発の現場における主な評価軸は「どれだけ作れるか」という点にありました。
エンジニアであれば記述できるコードの量や実装スピード、デザイナーであれば制作できるカンプのバリエーション、マーケターであれば打ち出す施策の数。とにかく量と速度が重視され、多くを素早く形にできる人材が優秀であると定義されてきた歴史があります。
しかし、生成AIの台頭によってこの前提は大きく揺らいでいます。「作る」という行為の大部分が自動化され、コモディティ化したためです。その結果、現場における評価軸は今、静かに反転を始めています。
なぜ「作る力」は相対的に価値が下がるのか?
AIが最も得意とする領域は、過去のデータをベースにした「生成」です。
■要件に沿った正確なソースコード
■複数のパターンから選べるデザイン案
■ターゲットに合わせた適切な文章
■市場データに基づく初期段階の仮説
これらは現在、プロンプトひとつで瞬時に出力できるようになりました。つまり「作ることそのもの」では、競合との差別化が難しくなっているのが現状です。
開発の速度も均質化し、今では個人であっても、数年前の企業レベルの量と質のアウトプットを出すことが可能になりました。こうした環境において、市場での差がつくポイントは「作る前」の段階と、「作った後」の段階へと移行しています。
「正しく削る」とは何か
「作る力」の対極に位置するのが、これからの時代に求められる「削る力」です。ここで言う「削る」とは、単に作業量を減らすことや、機能を適当に省略することではありません。本質は、プロダクトやビジネスにおいて「意思決定をする」という点にあります。
具体的には、以下のような判断を指します。
機能を削る
ユーザーの混乱を防ぐため、あえて「やらない判断」をする
要件を削る
複雑な要望を整理し、最もコアとなる本質的な価値に寄せる
依存関係を削る
システムや運用の複雑性を除外し、メンテナンス性を高める
役割を削る
チームの責任範囲を整理し、動くための導線をシンプルにする
削る行為とは、何が必要で何が不要かを見極める「選択の設計」そのものです。
なぜ削れない人は弱くなるのか
単に指示されたものを作るだけのスキルに終始していると、AIの生成スピードとコストに対抗することは困難になります。一方で、「削る」という判断をAIにすべて丸投げすることはできません。なぜなら、削るためには極めて高度な「文脈の理解」が不可欠だからです。
適切に削る判断を下すためには、以下の要素を網羅的に把握している必要があります。
ビジネス理解
そのプロダクトがどう利益を生むのかという構造
顧客理解
ユーザーが本当に求めている不満や体験の実態
技術理解
どのような実装が最適で、何が負債になるのかという予測
制約理解
予算、期間、人員といった現実的なリソースの限界
これらを総合的に掛け合わせる必要があるため、文脈を持たないAIには「何を捨てるべきか」の最適な解を導き出すことができません。
「削る力」がある人の正体
現場において「削る力」を発揮している人は、組織の中で起きている事象を統合している人物です。
プロダクト開発の現場では、日々異なる視点からの要求が衝突します。エンジニア側の技術的な制約、営業側の売上重視の要望、経営陣が描く中長期の意図、そしてユーザーが抱える実際の使い勝手。これらは往々にして矛盾します。
「削る力」がある人は、これらの複雑な要素をひとつの机に並べ、交通整理を行い、「現実的な形」に落とし込みます。これは単なる意見の仲介や調整役ではありません。リスクを背負い、プロダクトの方向性を確定させる「意思決定」そのものを行っていると言えます。
職種で言うと何か?
こうした「正しく削る、決める」という役割は、現在の一般的な組織において以下のような職種として定義されています。
プロダクトマネージャー(PdM)
市場とユーザーの声を元に、開発優先順位を決める
テクニカルディレクター
技術的な実現可能性から、不要な仕様を排除する
ソリューションアーキテクト
全体最適の観点から、不要なシステム構造を削る
FDE(現場実装型エンジニア)
顧客の課題に直接向き合い、技術とビジネスを繋ぐ(FDEについて詳しく見る)
これらの職種に共通しているのは、自らの手で四六時中「作る人」ではなく、「作るべきものを定義し、作らないものを決める人」であるという点です。
エンジニアのキャリアに起きる変化
この変化は、エンジニアのキャリアステップにも明確な影響を与えています。
一般的なキャリアの変遷は、初期段階では「指示されたものを正確に作る」ことから始まります。中期になると、「効率的な作り方やシステム全体を設計する」側に回ります。そしてさらに上位のステージに達すると、最終的には「作るものを減らす」ことが主業務になります。
キャリアが上がるほどコードの記述から離れていくように見えるのは、役割が衰退しているからではなく、より価値の高い「意思決定の領域」へと近づいているからです。
誤解の修正
「削る」という言葉に対して、消極的、あるいは引き算の守りの姿勢という印象を持つ方もいるかもしれません。しかし、それは誤解です。
実際には、最も攻めた行為こそが「削る」ことです。なぜなら、要求されたものをすべて盛り込む方が、誰からも文句が出ず、短期的には摩擦が起きないため簡単だからです。「何をやるか」を決めること以上に、「何をやらないか」を決めることの方が、多くの摩擦を伴い、責任が生じるため難易度が高くなります。
余計なものを削ぎ落とし、本当に価値のある一点にリソースを集中させる判断こそが、最も前向きなプロダクト開発の姿勢です。
求められるのは現場と意思決定の間に立てる人材
AI時代において、企業やプロダクトの成果を分けるのは、開発のスピードやコードの生成量ではありません。
市場で差をつけるのは、膨大な選択肢の中から「何を残し、何を捨てるか」を的確に決められる人材です。それは受動的に作る人ではなく、状況を俯瞰して「正しく削る人」に他なりません。
こうした能力は、技術(エンジニアリング)の理解だけでなく、デザイン、ビジネス、そしてグローバルな視点を含めた複数の領域をクロスオーバーに理解しているからこそ機能します。特に、近年注目を集めるFDE(Forward Deployed Engineer)のような、クライアントの「現場」と実際の「意思決定」の間に立ち、現実的な形へ落とし込む役割において、この「削る力」は顕著に求められることになります。
こうしたAI時代に求められるFDE人材を育成しているアクトハウスの具体的な学習環境や、カリキュラムに関するリアルな疑問については、『アクトハウスQ&A「20の誤解」。検討者の疑いを晴らす「NO」の真実』をあわせてチェックしてみてください。検討時に抱きがちな懸念や、スクールの仕組みについての理解がより深まるはずです。
著者:清宮 雄(アクトハウス代表) 起業家・ブランドアーキテクト。2014年にセブ島でIT留学の草分けアクトハウスを設立。「ビジネス×テック」をテーマに、時代に左右されない強靭な個の育成=「+180 ビジネステック留学」の戦略・運営を主導。