2026.06.25

17年前の自分へ。ノースキル時代に身につけた仕事の作法【キャリア実体験】

Career Pivot

17年前の自分へ。ノースキル時代に身につけた仕事の作法【キャリア実体験】

自分に向けて書く手紙

今回は人生のキャリア(退職や転職、就職、キャリチェンジ)について、誰かに手紙を書くように、メッセージを書いてみようと思います。

いや、17年前の自分に書いてみるつもりで、書いてみます。

いまこの手紙を読んでいるあなたは、たぶん人生の岐路にもうすぐ立ってしまう自分(例えば来年30歳、40歳などの区切り)を感じているか、すでにもう「なにか変えないといけない」と思っている状態かもしれません。

でも、その今の自分について考えようとしても、毎日仕事に行かないといけない。帰宅すると疲れて寝てしまうことも多いのではないでしょうか。あるいは、リラックスのためにスマホでYouTubeなど見始めるとそのまま1時間とか経過している。土日もなんとなく高速で終わっていく。

私も実は同じような時期がありました。私の場合はよくその頃は酒を飲んでました。よくないですね。ただそうしないと自分を保てなかったのだと思います。(今はもう飲まずに10年以上経過しました)

そしてその時期は、きっと今のあなたと同じか、それ以上の地獄の日々だったかもしれません。まず、会社ではこれといった仕事も任されずに屍のような日々もありました。30代で給与は手取り13万円まで下がったことも。 そんな、自称クズでもあった私が最終的には企業の役員や代表をするまでに至った「やってみたこと」「後付けだけど、次の世代の人のためのショートカット」として、最底辺からやってみたことを書いていきます。

前述のとおり「振り返ってみれば、こういう意味があった」という後付けもあります。しかしこれから取り組む人にとっては、私のように「わからないでやっていた」という深い霧の中での迷走でなく「そういうゴールがあるなら、やってみる価値ある」というヒントにもなるかもしれません。

では、書いていきます。

ノースキル、色々未経験。負け犬から下剋上するための「9つの後付け必勝法」です。

①雑用に光を見出す

はい、いきなり雑用の話です。当時の私は社内で「あいつに振れる仕事がない」という扱いから「余ったこと」をやらされていました。例えば「求人にきた応募書類をアイウエオ順に並べておけ」「この参考書をワードに起こしておけ」などです。

クリエイティブ系の会社でしたが、まったくそれには関係ない業務でした。管理系の部門の人でも手が回らないまたはやりたくない、というものが私に降ってきていました。何もできない自分のくせに、そういうのがくると最初は抵抗がありました。

しかし、そこに「わざと光を見出す」ことにしてみました。履歴書をアイウエオ順に並べるときは「こういう経歴の人でも転職するんだ」「この書類は汚いからきっと落選するかも」「この人だけ写真を貼ってない、多分だめだろう」「きれいな字でしっかり書いている、経歴はいまいちでもキャラ採用とかあるのかな」などを考えながら、勝手に前向きに仕事をしてみました。

もちろん周囲は「まだやってんのかよ」と、容赦ない言葉を浴びせてきますが、折れない。なぜなら、全社内でいまこの仕事をしているのは自分だけだ、自分なりの眼を磨いているんだと考えてやっていました。

☑️あとで気づいたこと

仕事の価値は、仕事内容ではなく「何を見ながらやるか」で決まることが多い。

履歴書の整理も、ただの単純作業として終わらせることもできるし、人を見る目を養う時間にもできる。

当時は雑用だと思っていた仕事の中に、その後の仕事で必要になる観察力や仮説思考の種がたくさん埋まっていた。

②槍が降っても遅刻しない

「雨が降っても」でなく”槍(やり)が降っても遅刻しない”と決めていました。なぜなら、周りを見ているとベテランでもたまに遅刻するのを見ていたからです。そのとき、朝一から来ている自分は、社内の「見えざる目」がどのようにうごめいているのか感覚的にわかるようになります。

「今日は珍しく社長が早く来てて『◯◯君はどうした』と言っていた。もちろん、彼に辞められては困るので、遅刻して彼が現れても社長は何も言わない。でもあんだけ待っていたのに声をかけないってことは、遅刻に対し減点や残念を感じているんだろう」

このように、遅刻した人にはわからない、その直前まで社内で何が起こっているのか、どこの誰が朝来て掃除したり部下より早く仕事をしてスタンバイしている上位職の人がいるのかなど「社内の政治」も見えてきます。ということは、外で誰かと待ち合わせる際も「なにか思われるくらいなら」と、早く行くクセがついていきました。

私は、会社には少なくとも1時間から30分以上は早く来るようになりました。通勤が1.5時間だったので、電車が止まると詰むというのもありました。あせって、雪の日に、新しいローファーの靴を履いて出てしまい、1日でダメにしたこともありました。電車が事故で止まって、そこから1時間迂回しても会社に間に合った体験から、そこは「意地のゲーム」だと思ってやっていました。

☑️あとで気づいたこと

組織には、本人がいないところで行われる評価があります。

遅刻した瞬間ではなく、その前後の空気や会話の中で、少しずつ信頼が増えたり減ったりしている。

早く来るようになってから、その見えない評価の存在を知りました。

③「人気の上司」「不人気の上司」の差を見る

社内には、人気の上司と不人気の上司がいます。その差は観察せずとも一目瞭然なのですが、私はその人たちの「細かい言葉遣い」や「朝の挨拶」などの言葉の体温なども気にして見ていました。

人気の上司はまず、挨拶が優しめに元気です。押し付けず、お兄さんお姉さんのようなトーンで「今日もがんばろうね」というニュアンスが感じられる「おはよう」だったり「おつかれ」だったり。

不人気の上司は例外なく「怖い」です。実力はあり、普段もそうですが本気出したときの着眼点や仕事の速度は半端ない。しかし。挨拶からして威圧感があり同じ「おはよう」でもそこには「昨日頼んだアレ、終わってるよな?」という、すでにもう仕事モードの攻撃的な挨拶のトーンになっています。

ここまでなら「あるある」かもですが、このあと数ヶ月かけて見えてくるのは「部下の甘え」という、もうひとつの側面です。人気の上司の部下は、全員でないですがだんだんと甘えが出てきて、仕事のリカバリーはその優しい上司が夜遅くまでやっているのもよく見ました。ただし、それはその上司が「自分の指示が悪いからね」とよく言ってました。ただし、スイスイ仕事が回ったときのチームワークは良く、ムラはあるものの、信頼関係で成り立っているようにも見えました。

一方で、軍隊式の怖い上司の部門は、上司が「自分のケツは自分で拭け」とばかりにリカバーをほぼしないので、上司含め全員が遅くまで残っています。帰れるタイミングはありません。その怖い上司が帰った後が、やっとの帰宅時間。その上司が帰って「確実に戻ってこない」と思える20分後あたりにちらほらとみんな帰ります。しかしその部門からは、クオリティが高いものが一定の安定感で上がってきます。

ちなみに、この「優しい上司」と「怖い上司」の合間に「超、安定した感情の上司」の部門もありました。怖くもなく、優しくもない感じ。ここは個人主義で、なにかあったときに声をかけあうようなややベテランぞろいの部門。残業もやらされでなく、ミッションを終わらせるために淡々としていました。スキルのある人だけで集まると、こういう、ある意味、理想の距離感や責任感で無駄なくやれるのだというのもわかりました。

☑️あとで気づいたこと

当時は「優しい上司が正解で、怖い上司は不正解」だと思っていました。

しかし実際には、優しさにもコストがあり、厳しさにも価値がありました。

組織は上司ひとりで決まるものではなく、部下との組み合わせで結果が変わる。その複雑さを最初に教えてくれたのが、この職場でした。

④耳をダンボにする

ディズニーのアニメで、耳で空を飛ぶ「ダンボ」という象のアニメがあります。あれくらい耳を大きくするつもりで「社内の会話」を聞いていました。

自分がいろんな雑用をするなかで、誰がどのような言葉で社内プレゼンをして皆を丸め込んでいるのか、どんな言葉が上層部の地雷なのか、来客があった際のマニュアル的な対応の仕方などなど。

自分は立派なプロジェクトに1ミリも絡んでないので、せいぜいホワイトボードを用意したり、お茶を出したり、椅子をミーティング用に並べ替えたり、そんな雑用ばかりなのですが、そこで終わらず「そのあとのミーティングで話されていること」を離れた机で他の雑用をしながら、聞いていました。

社会人として何が「良い言い方」で、何が「良くない言い方」なのか。一語一句を教科書にしていました。

耳をダンボにすることで、その会社の中のみならず、その会社の外にあるクライアントの空気感を想像し「いったいこの人たちはこの先、外でどういうプレゼンをしているんだろう」などを、イメージしていました。

☑️あとで気づいたこと

若手の頃は「会議に出ないと学べない」と思っていました。

でも実際には、会議室の外にも学びは転がっています。

誰がどんな言葉で人を動かすのか。何を言うと通り、何を言うと反発されるのか。その観察の積み重ねが、後の提案力や説明力につながっていきました。

⑤NOを言わない(言えない)

立場上、完全に一番下だったので、来る仕事はそれが「烏龍茶2リットル5本買って来い」だろうが「雨どれくらい振ってるか見てこい」だろうが「展示会に行くので荷物持ちで来い」だろうが、即YESでやっていました。

もともとNOを言える立場でないので、自分的には「どうせNOを言えないんだから、快くOKするキャラ」でいようと考えました。相手は私に「選ぶ権利などない」モードで来ますが、さわやかに「了解です!」とやっていると、謎の連帯感も出てきたりします。この一連の行為は、相手からすると「あいつ、使えるな」「あいつ頼みやすいな」という誤認をうまく生み出していきました。

もちろん私の胸中は、それらの仕事はひとつも楽しくありません。烏龍茶2リットル5本は誰かが「ドーナッツ買ってきたから」という理由の流れ弾で、「展示会についていく」のは帰りに大量のパンフレットをそこでもらうからです。しかしどうせやるなら、快くYESというスタイルでやっていました。プライドは、どこか遠くに置いておくという無我の境地です。

☑️あとで気づいたこと

能力がなくても、「頼みやすい人」になることはできました。

そして不思議なことに、仕事はできる人だけでなく、頼みやすい人にも集まってきます。

当時は雑用ばかりでしたが、その積み重ねが人との接点を増やし、結果として次の仕事につながっていきました。

⑥チャンスは「面倒な顔」してやってくる

立場上、Noを言えないのはありますが、そのように日々していると「超難題」が降ってくることがあります。

私の場合はそれが、それまで1ミリも知らない世界、というか誰も当時ちゃんと知らない世界だった「SEO」でした。Googleが標榜する「検索エンジン最適化対策」(つまり上位表示対策)です。

今でこそある程度は体系化されていますが、それでもブラックボックスな部分は多く、評価軸も頻繁に変わります。この世界について社内で「やる人がいない」「この部門をもっと力入れたい」という理由から、一部を担当することに。

ここでもYESで受けました。もちろん「こんなマーケティングの権化、かつ謎のジャンルやれるわけない」と思いました。が、ボコボコにされながら、お客の前でもなんとか乗り切りながら、1年ほどで多少は意味がわかってきました。

いまでは私の得意ジャンルのひとつであり、この「ルールはあるが、しょっちゅう変わる」「一部は永遠にブラックボックス」というのも、逆に柔軟性のある。答えのない世界という感じで楽しめています。しかもSEOはAI時代に入ってAIOやらGEOやらとも言われ、より複雑さも増しています。

しかし当時15年以上前からたずさわった自分としては、Google主導のSEOあってこそのYouTube内検索(GoogleがYouTubeを買収したので)やAI検索(GEMINIもGoogle)だったりするので、もはや「勘」もよく働きます。ああYouTubeもそういうルールなのね、と理解できます。

☑️あとで気づいたこと

チャンスは、チャンスらしい顔をして現れません。

誰もやりたがらない。よく分からない。失敗しそう。そんな仕事としてやってきます。

当時の私にとってSEOも、そのひとつでした。

振り返ると、本当に価値のある仕事ほど、最初は面倒なタスクに見えていました。

⑦意地でも忘れない

社内にいる「最高に出来る人」には一定の法則もありました。

それは「忘れない」ことです。その人にとって大事な仕事内容や、社内で交わされた「誰かの会話」でさえも、その人は全部聞いています。性格なテープレコーダーのように。最初は「どういう脳の構造なんだ」と思いました。

しかしこれは意外と意識すれば出来るのがわかりました。「あの人はあのとき、きっとこういう狙いで発言をしている」というふうに、自分の中で心のピンで止めておくんです。つまり、想像し、自分に不利に働くような動きなども含め、ピン留めする。

人間意外と「自分に損得あること」は忘れないものです。なのでそのような軸で聞いたり解釈すると、意外と忘れないのもわかってきました。

☑️あとで気づいたこと

人は事実そのものよりも、その裏にある意図や感情で動いています。

「あの人はなぜその発言をしたのか」「何を期待しているのか」「何を警戒しているのか」を考えながら聞くと、不思議と忘れなくなります。

そして仕事とは、資料や数字だけで進むものではなく、人の思惑や感情の上に成り立っていることも見えてきます。

⑧LookでなくWatchする

仕事に関わる書面や資料を、Look(ただ見る)だけでなくWatch(観察)する。

これは前述の「①雑用に光を見出す」での履歴書のエピソードにも通じます。これを今度は自分の本格的な仕事にも、メールにも、チャットにも昇華していきます。見積書や提案書はもちろん、あまねく社内の資料を記憶していく勢いでWatch(観察)する。

感覚的なもので言うと、これに慣れてくると「誤字脱字がありそうな書類」「開く前から質の低い資料」もわかってきます。LookでなくWatchすることは、眼の前の事象を前向きに疑うという、仕事で非常に役に立つスキルを修得することにつながります。

それらしい顔をした立派な提案書も、会議で配られる分厚い資料も、結局は誰かが作ったものです。今ならAIが作っていることもあります。だからこそ、書いてあることを鵜呑みにせず、自分の頭で見る癖が大事でした

☑️あとで気づいたこと

どんな資料も、どんな提案も、誰かが作ったものです。

だからこそ、「書いてあるから正しい」と考えるのではなく、自分の頭で確かめる癖が大切でした。

Watchする習慣は、観察力だけでなく、自分で考えて判断する力を育ててくれたと思います。

⑨出世で油断しない

出世してくると、周りは擬似的なYESマンになります。そうでないはずと言い聞かせても、そうなります。前述の、『③「人気の上司」「不人気の上司」の差を見る』にもあった、人気の上司の周りでさえYESマンになります。

こうなってくると、上司側が「逆らってこない」安心感からどんどん発言が肥大化します。どんなに気をつけていてもそうなります。正直ここは、なかなか気をつけることができないかもしれません。部下が違和感を持てば、もうそれは上司の奢りになる時代でもあるからです。

しかし、この前提を知っているだけで、自分が多少上の立場になったときに謙虚になれます。同時に、謙虚すぎるとナメられることも知ったりします。どんなに優しく接した部下でも、やめるときには大小あれどディスられることあるでしょう。

奢りを減らし、周囲はYESマンモードになってくれているだけという「疑い」を持っているくらいが、ちょうどいいのかもしれません。

☑️あとで気づいたこと

若い頃は、「理想の上司」を探していました。

でも長く働いて分かったのは、完璧な上司も完璧な部下も存在しないということです。

だからこそ、自分が見てきた失敗や違和感を忘れず、少しでも奢らないようにする。その繰り返ししかないのだと思います。

【さいごに】

20代でも、30代でも、40代でも。意外と人は、心の中ではそれほど成長していないものです。

自分の中には、いまだに小学生や中高生だった頃の感覚が残っています。

社会人になったからといって、急に「大人モード」になれるわけではありません。幼少期から続く自分なりの感覚や性格は、ずっと付きまといます。

今回書いたことも、特別な成功法則ではありません。

もともとの自分の性格やクセを、ノースキルの状態からなんとか生き抜くための「下積みの作法」に変えていっただけです。人によっては共感できない部分もあるでしょうし、もっと効率的なやり方もあるかもしれません。

ただひとつ言えるのは、社会も会社も、結局は人の集まりだということです。

大きな成果も、小さな信頼も、日々の何気ない言葉や行動の積み重ねから生まれます。だから私は今でも、雑用や挨拶、時間を守ること、人の話を聞くことを軽視しません。遠回りに見えても、そうした小さな積み重ねが、いつか大きな差になるからです。

17年前、会社の隅っこで雑用をしながら、「自分は何者にもなれないんじゃないか」「もう手遅れなんじゃないか」と思っていた自分へ。

あのとき無駄だと思いながら続けていたことも、意外と無駄じゃなかったぞ、と伝えておきます。

“神は細部に宿る”

あの頃は意味もわからずやっていましたが、今なら少しだけ、その言葉の意味がわかる気がしています。

著者:清宮 雄(アクトハウス代表) 起業家・ブランドアーキテクト。2014年にセブ島でIT留学の草分けアクトハウスを設立。「ビジネス×テック」をテーマに、時代に左右されない強靭な個の育成に従事。

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