《海外起業》フィリピンで「小さなスタートアップ」するのに大事な、あたりまえのこと。

フィリピン。

ここは、ASEAN(東南アジア諸国連合:2017年時点の加盟国はインドネシア/カンボジア/シンガポール/タイ/フィリピン/ブルネイ/ベトナム/マレーシア/ミャンマー/ラオスの10ヶ国)のなかで「次の10年」の成長大国に位置づけられる国。

とはいえ、筆者のようにフィリピンのセブ島で数年ビジネスをしていると、この先の10年はまだまだ長く感じられる。

この15倍速で成長しないと「アジアの病人」の称号はまだまだ払拭できず、ASEANではしばらくBクラス入りをキープしてしまうだろう。

しかし、統計的にフィリピンは「次においしく見える市場」であることは確か。実際にはEUやNAFTAの総人口をゆうに越える6億人マーケットであるASEANは、何もかもが高くなってしまう前に海外ビジネスをスタートしたり、経験を積むにはうってつけのスタートアップフィールドだ。

ゆえに近年、日本のスタートアップや企業のブランチとしての参入計画が急速に進んでいる代表的な国のひとつとなっている。

 
時差も少なく近い

フィリピンはもちろんASEAN全土にて、LCCの活況でジェットスターやセブパシフィック航空、バニラエアやエアアジアが各国を飛び周っている。日本からの距離も時差もたいしたことないこのエリア。距離的なストレスや移動コストも欧米のそれに比べ遥かに安い。

もはや地図上の距離は、パソコンやスマホで打合せができる今日なら、ほぼ関係ないと言える。しかしVRの一般的な浸透と完成にまだ少し時間がかかるならば、実質的な距離が近いのに越したことはないだろう。単純に時差が少なくて済む日本を含めた各国の行き来は、体力的にもラクでロスがないからだ。なんやかんや、近いのはやはり大きい。

 
日本とは逆さ富士

そんなASEANの経済成長曲線はザッと見ても、GDPが60~70年代日本と同じく右肩上がり。20年規模で見た場合「富裕層・中間層」だけの数でも2020年に4億6千万人、2030年に六億人規模になるのがASEANだ。

そのなかでも、ミャンマーやベトナムの「陸のASEAN」でなく「海のASEAN」の中核であるフィリピンには「伸びしろ」がある。現在、平均年齢が20代前半とも言われる「人口ボーナス」の主役になってくるフィリピン。その人口ピラミッドはきれいなピラミッド型で若年層が厚い。そして、真逆の人口ピラミッドを持つ日本は湖面に映る「逆さ富士」状態でもある。

すでにもう現時点において、残念なことにフィリピンよりも日本の将来への懸念の方が勝る面はどうしてもある。フィリピンのイメージを「フィリピンパブ」などの印象で持ち続けているとしたら、だいぶ時代遅れだ。

形勢はすでに変わりつつある。フィリピンが進化しているのか、日本が停滞しているだけなのかはさておき。

 
リスクがあり、めんどくさい

フィリピンは、今後10年で70%が中間層になると言われている。ASEAN全体を見ても、文化や人種、宗教が混在するモザイク国家の集合体であり、しかもまだまだ参入障壁も高いため、だからこそビジネスチャンスがゴロゴロと転がっている。

なんといってもアジアはまだまだ「不便の宝庫」。ただ海外事業であればなんでもそうだが、ここフィリピンでのスタートアップもリスクはもちろん無数にあり、しかもめんどくさい。

 
「払える腹」をくくっているか

もしこの地で、あまり資金力がなくともチャレンジしたい場合。

コトをすすめるには、現地企業やビジネスパーソンらと早々に「お金」を交わしビジネスをスタートさせるのが何よりも話が速い。金額の大小はさておき、払える意思の表明と明日にでもスタートできるフットワークを感じてもらえないと、こちらでは誰も動かない。

「もったない」「もし損したら」と言わず、投資で人を動かす。別に何千万、何百万の話ということではない、数十万、数万レベルの「機動力」の話だ。

それを自社の「リアルの経験値」として蓄積しながらビジネスをごく小規模からドライブしていく。トライしたいなら、お金をかけずにやろうとしてはできない。ぼんやり外から眺めていても、数日滞在しても、この人種・言語のカオスである国の背中さえ見えてこない。

1570年からフィリピンはスペインの植民地だった時期もあり、なおかつ1898年からはアメリカの統治下でもあった過去を持つことから米国的な文化も根付いている。英語圏であることはもちろん、日常的にチップも必要なのはその影響だろう。サービスを受ければ会計以上に金がいるのは、米国と変わらない。

 
マーケティングを信じるか

ところで「マーケティング分析」という言葉がある。海外進出する際はとっても頼りにしたいし、実際に頼れる。

著者自身がマーケティングにおいて多くの企業のお手伝いをした経験があり、今でも分析はするし、分析を後ろ盾に動く軸足の「頼りがい」の力は認めるところ。しかし拭いきれない日本人感覚を持って海外マーケットに入っていく場合は、結論「その地に住んで」「実際にビジネスを起こして」からでないと、結局はその地の事情がわからない。当たり前であり、簡単にできることでもない分、従ってここが節約好きの日本人、損して得が取れない性格の人にとって、最初のハードルとなる。石橋を叩きすぎていると出遅れ、かといって騙されては損失は大きすぎるため、洞察力も必要だ。

自分の肌感でその国を感じていないと、そこで身銭を切って動いてみないと、実際には中長期的にビジネスをドライブできなくなってくる。自分の脳のリズムでジャッジをくだせない、アウェイでの戦いを強いられ続けるのは不利がある。いくら判断が正しい場合であろうとも、なかなか上手にビジネスを運べなくなってくる。

世界中で急速に浸透しつつあるIoTテクノロジーにより、人間の行動パターンは今この瞬間もデータに蓄積され続けている。

これまで収集不可能だった「人間の属性」が可視化されることで、それはAI、あるいはそれ以上のものへの開発へと昇華されている。そういった特にWeb上にてのマーケティングデータは凄まじい勢いでの正確性も高めているが、海外のリアル事業の発進においては、こと現場の空気や肌感といったアナログ要素もまだまだ必要不可欠な「データ」である。

蓄積されたデータとは今日現在までの過去のものであり、そこから未来を導き出し事業を運営していくのは、まだ人間のタスクとなっている部分が多い。ラプラス(19世紀の数学者。過去も未来も全て掌握できる超越的な能力の可能性について言及した)でもない限り、そこはデータがあれど精度高く未来を把握できるとは言い切れないだろう。

自分の肌感で瞬時に自分の信じた結論を出せないというのは、スタートアップにおいてかなりのウィークポイントだ。そのジャッジ=経営判断の鍵となるのが、マーケティング分析とリアルの経験則となる。

リアルの経験則は「まばら」である。その人間の感覚に左右される。そのためひとつの事象について分析は十人十色である。ただしひとつのビジネスの勝ちパターンはそうそう多くはない。成功へのプロセスや切り取りが個々に異なるのは当たり前として、最終的には勝ちパターンというレールにスタイルこそ異なれ皆乗ってくる、という見方もできる。だんだん勝ちパターンに集まってくるのであれば、リアルの経験則などは「まばら」でいい。大局的には対して差がないとも言える。

 
小さな罠

海外では、その国その国では、こちらが想定していたよりも「地味な問題」が続発するというのが、海外事業の特長のひとつと言える。ASEANであれば、フィリピンに限らずそれは共通項のように思うが、特にフィリピンを境にGDPが低い国々ではそれは顕著と想定できる。

海外事業というと、まず始めに思い浮かぶのは「言葉の問題」や「そもそものビジネスモデル」「ユーザーターゲティング」「コンペチタ(競合)」などなど、フレームワーク的なロジックに基づいた戦略のひとつひとつ、という印象を持つし、著者自身もそれを持っていた。

しかしそれらはあくまで先入観にすぎず、局所的な動機づけであって、ビジネスの答えが眠っていることは少ない。分析に意味がないということでなく、分析どおりにいかないことがほとんど、というのが実感だ。ただしハズれたことがわかるという意味でも、事前の準備は無駄ではない。

定量データから見えにくいこと。それは、答えを持っているのは現地の人々であるということ。もっというと人々の「気分」「こころ」「感覚」にある。これが難しいし、こんなことを言っていては元も子もないのも理解しつつ、でもマーケティングの対象は「人間」である以上ここは避けて通れない。

凄まじい勢いで成長するASEANにはテクノロジーの「下地」がないため、かつての中国のように、最初から突然最新のテクノロジーが導入されるタイミングがある。欧米や日本であれば、新しいテクノロジーが入ってくる際も、既存の利権やしきたりや法制度との衝突があり、浸透へのスピード感や人々の受け入れ体勢にタイムラグが生じる。

ところが発展途上国は、始まってしまえばとことん速い。あとから法律がついてくる。なので馬力と拡散力がちがう。一足飛びに進化する、いわゆる「リープフロッグ現象」。進化に偏見を持たず一切躊躇しない、少年少女のような吸収力。

したがって、人々の「気分」「こころ」「感覚」は、日々のニュースや好奇心、広告と共に日進月歩で変わっている。ここが、データではなかなか拾いきれない。

例えばフィリピンは「アジア各国のインターネット人口に対するFacebook利用率は世界1位」というデータがある。現在、インスタグラムは見向きもされてない。でもこの数ヶ月で、そんなFB王朝、FB世代に嫌気がさした次世代たちがインスタグラムをチョイスする可能性は十分にある、これまで各国で起こってきた現象そのままに。あるいは、米国で言うところのスナップチャット的な何かが一気に市場をさらっていくことも考えられる。その国でのソーシャル・ネットワーキングの在り方が変わるというのは、現代においてのインパクトは非常に大きい。

国全体も少しづつ裕福になっていく今後、爆発力・革新力ではどこにも負けないポテンシャルが、恒常的に潜在している。とはいえ、まだまだ汚職ざんまいで犯罪もあるし、適当なところと旧石器時代のような決まりやフローも多い。しかしこのカオスな状況がアジアなのだろう。どれかひとつがアジア、ということではないはずだ。

ビジネスをドライブする、そのステージのもっと前にある、現地の空気感。空気に敏感な日本人ならばなおさら、空気を肌で取り込みに、数日の視察や社会科見学でなく、アパートを借りて住み込んで見て欲しい。答えは現地の、さらにその奥のナカにある。

ビジネスラウンチの当日、屋根裏でネズミがLANケーブルにかじりいて営業ストップなんてのもある。テロの可能性だけでなく、テロの風評なんてのもある。自然災害のスケールは海外に限らずどこも大きいが、アジアで巻き起こるそれは日本よりも被害は甚大になることも多々。

予測不能の事態は特に海外だと起きやすい。インフラも大雑把でまだまだ弱い国はたくさんある。

 
ほとんど共通項がない

著者のビジネスパートナーはフィリピン人であり、台湾人であり、ときにスウェーデン人であったりする。

そこに日本人である私がいて、同じ日本人スタッフもそれぞれ価値観はもちろん異なる。

フィリピン人といっても中華系、スペイン系、純然たるフィリピン家系とバックボーンはさまざまだ。共通するのは一つで、いまいる土地がみんな「フィリピンのセブ島」であるということ。英語は道具に過ぎず、共通項というにはあまりに空気すぎる存在だ。

 
「ぜひ視察したい」

こういった、まだ日本から見れば特異とも見えるビジネス環境に興味を持って「ぜひ一度、御社のビジネスを視察させていただきたい」「内覧だけでもいいのでお願いしたい」「お話を少しだけ聞きたい」という“協業までいかないけど、中身全部見せてねよろしく”のお願いを受けることがある。

これが「取材」ということであれば、マス媒体に掲載されるというベネフィットがこちらにあるので50/50感はある。しかし、海外事業においてこの「日本からの視察」はその意味に疑問符がつくものが多い。日本からはるばる来たわりに何も話に具体性がなく、にわかのやった感、打合せ感だけが漂う不毛なもの。セブ島に来てまで、スカイプで済みそうな話だけに終始するもの。

 
狂ってるモデル

当社のプロジェクト「アクトハウス」自体は、留学という旧来のモデルを組み直した「オルタナティブ・スクール」で、主流に反しているビジネスモデルであるのは良くも悪くも認めるところ。

角が立っているぶん、東京都の機関からも表彰をいただいたこともあれば、識者や投資家から「もうちょっと定番の留学感を取り入れた方がスケールするのでは」とご指摘をいただくことも多い。そこは確かに反省と改善のポイントだ。いささか内容も価格もこだわりすぎたマニアック感があるのは否めない。

逆に、スタートアップ界隈では褒め言葉で「狂ってるモデル」と、評価いただくことがある。そういった背景もあり、うちのマーケティングとブランディング手法、あわよくば経営メソッドを「ちょっと教えて」という企業の方はとても多いのだけれど「たんなる視察」はこちらの時間のムダなので、お断りしている。

しかし全部のビジネスオファーを断っているわけではない。

 
マネーで決まる

ビジネスが成立をするのは「速い段階でお金が本当に動くとき」だ。

マネーが動かないと意味がないので「交流メイン」「ご挨拶から」というのは歓迎していないだけのこと。日本では消極的に現状維持を望む国民性からか、というか変化がなくてもいまこの瞬間に不自由してないので、ある意味不動の後進国となっている印象を多々受ける。ビジネスシーンも同様ではないだろうか。

日本からの「二泊三日の視察文化」はまだしばらく続くと思われる。それで何がわかるのだろう。

 
失敗は早いほうがいい

フィリピン人の方々のみならず、現地の日本人企業のオーナーの方々でも当社がパートナーとしても尊敬でき、ビジネスとして共感できる企業は本当に少ない。

彼等の特長はビジネススタイルとしてまず優れていること、ゆえにウソや見栄もなく、無駄に群れることもなく、即決即断でビジネスを転がしている。そして新しいことをやる場合は当社も含め、豪快に失敗することもある。でもやってわかることだけしかないので、早く失敗すると「ダメだと早くわかってよかった」となり、ゆえにそれが貴重な財産となるので実質損ではない。

企業間、あるいは個人間コラボレーションは当社がお金を100%出すこともあるし、半分づつのときもある。実際に「どちらか」あるいは「どちらも」が身銭を切って、すぐにコラボレーションを始める。そして、プロジェクトは早く終わるものが多い。

意識を高い位置で持てる会社、それを実行している人物とだけ仕事しているので、おいしいだけの話でも微塵も動かない。

 
時間をかけない

準備にも実行にも時間をかけず、お互い次の面白いほうに行きたいので、いつまでも付き合わず、またタイミングが合えばいつかといった具合だ。

先日はマニラのとあるCEOから2年ぶりに電話が来て、ビジネスのオファーがあった。結果的にはその電話内でそのビジネスはやらない結論になった。後回しとか検討とか、増してや視察や久々のご挨拶、などといった余計な時間は使わない。

こうやってマネー、お金といった言葉が頻繁に出てくると「わりきりすぎ」と、印象を持つ人もいるかもしれない。

けれど実際に身銭を切らないとビジネス、しかも海外で多国籍の人を動かすには至らない。お金は人を動かすカードであり、信用の証であり、お互いの起動力の現れであり、それを何枚使うかで、双方の機動「量」が決まる。そして量は質に変換される。

 
失敗にお金を払う

海外でうまくいっているスタートアップはすぐに現地に入り込み、そこで小さな失敗を重ねて成長している。

その失敗の内容はとても日本では考えられないものばかりだ。しかしそれが結局は次のステップへとつながる。日本人は記憶力がいいというか、傷つきやすいので、ビジネスのなかでも反省をよく覚えていて、それを次に活かすのがうまいように感じる。その代わり初動が圧倒的に遅い。

最初の失敗や損を計算している間に、1年が過ぎている。そして1年ぶりにまた「再度視察を」と繰り返している。極論、海外事業だからこそ視察や様子見、情報交換にばかりお金と時間をかけず、とっとと始めた方がいい。

フィリピンではあらかじめ、失敗に使っていい予算を確保しておいて始めることをおすすめする。失敗にお金を払う感覚でフィリピンに入ってきた方がいい。それは経理上はマイナスに見えるが、将来的な価値としてはあり得ないほどのプラスの資産になってくる。

情報、信頼、経験、エンゲージメント。

この高度情報化社会において、時にお金より大きな価値がありながら、PL/CS/BSには出てこない資産の価値が高まっている。

ASEANの「芳醇な荒れ地」であるフィリピンにおいてこそ、現地に住み、勉強代のキャッシュを使い痛みを学び、その視覚化されない尊い資産を貯め続けることが会社を強くする。

予測不可能、即断即決。裏切りや追い風も突然やってくる。

くれぐれも鴨にはならぬよう、即決即断のなかで常に眼光は光らせておくことだ。

▶︎著者:清宮 雄
フィリピン・セブ島在住。次世代の起業家・ビジネスパーソンを育成するIT留学「アクトハウス」代表。アクトハウスについてはこちら。

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