「カレンダー1枚と4秒間の電話」。とある中年社長が教えてくれたこと。


まだモノ心のつかない幼少期、とある会社の「社長」の車に乗らされたことがある。そのころ私は、その人がどれくらい偉いのか、いったい何者なのかは理解していなかった。しかし普段から「社長」という名前で呼ばれていたその人が「なんとなく偉い人なのかな」という認識は持っていた。

車のなかで、私はその「社長」が普段どんな仕事をしているのか聞きたかったが、怖くて聞けなかった。

走りだして数分後「社長」が当時発売されたばかりの、とても大きな携帯電話を手に持って、会社に電話をかけ始めた。私は、関係ないのに少し緊張しながら、聞き耳を立てていた。しかし「社長」の口から出た言葉は、このようなものだった。

「今日から11月だ。カレンダーめくっておいて」

時間はわずか4秒。これだけで、その電話は終わりだった。

こんなやりとりをするために、当時数十万もする携帯電話をひけらかすように、会社に電話をしたのか。この人はお金が余っていて、単にエバりたくて電話をしていると直感的に感じた。私は「この社長はインチキだ」と思うことにした。

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思えば、あれから30年が経った。何の因果か、いま自分が会社を経営し「社長」をやっている。フィリピンのセブ島という異国に身を置き、仕事をしている。

自身がセブ島で運営するシェアハウスがそれで、メインの経営の他にも、椅子の足を修繕したり、備品を購入したり、トイレ掃除や洗濯機の修理立ち会いなども行っている。むかし思い描いていた社長像とは大きく異なり、毎日が雑用の連続だ。そして私が雑用を極めれば極めるほど、スタッフは本来の業務に集中することができる。

そんなある日、マニラのビジネス・パートナーから要請があり、シェアハウスを「内覧したい」というリクエストがあった。これは、今後の事業拡張に向けての重要な訪問となるだろう。さっそく当日、そのパートナーとカフェで待ち合わせると「どこもクーラーがキツくて、風邪ひきそうですよ」と、笑いながらも困っている様子だった。私はそうですかと答えながら、ちょっとお待ちくださいと席を外し、これから向かうシェアハウスにひっそり電話をかけ、スタッフにこのように伝えた。

「全室クーラーを切っておいて欲しい。お客さんは風邪気味だ」

時間はわずか4秒。これだけで、その電話は終わりだった。

この時、私の頭の中で「30年前のあの日」に、脳がフラッシュバックしていった。昼下がりの車中で「社長」がでっかい携帯電話を使ってまで、社員に「カレンダーをめくっておいて」とだけお願いしていた日のことを。

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神は細部に宿る

こんな言葉がある。仕事とは決して派手なことばかりでなく、むしろ地味な積み重ねの連続で、華々しいシーンは一瞬一秒しか訪れない。しかしその細部に手を抜いたら、その仕事はもう三流の仕上がりにしかならず、悲しむのはお客である。

あの「社長」は、複数の飲食店を経営する堅実な社長だった。毎日、代わる代わる店に訪れるお客がちらっと「一瞬見る」レジの奥の月替りカレンダー。それがもし、先月のままであったら。それをその日、数百人のお客が見たら。お店の品位、空気、従業員の規律、気持ち良くお会計する際のお客の視線にわずかな違和感が走るばかりか、会社そのもののブランドに見えないヒビが入ることだろう。そしてそのヒビはやがて、巨大なダムが決壊する原因となっていく。「残酷なお客ほど注意してくれない」ことを「社長」は知っていたのである。

あの「社長」とは、いったい誰だったのか。

それは、私の父親だ。

父は寡黙な起業家であり事業家であった。私には何も教えてくれなかった。つい最近まで、そう思っていた。しかしそれは、大きな、とても浅はかな間違いだった。車の中で、食卓で、あるいは公園の片隅で「社長」はいつも隣に私を座らせながら、30年も前から教えてくれていたのである。

「小さなことほど、気にしておけ」と。

異国の地で、今日も私は「小さなことほど気にして」働いている。
 

▶︎著者:清宮 雄 プロフィール
フィリピン・セブ島在住。IoTそしてA.I.時代の国際的な起業家・ビジネスパーソンを育成するIT留学「アクトハウス」代表。メンターとして現場でも奮闘中。アクトハウスの体験談はこちら >>>

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