Webデザインは誰のモノ?「著作権」あれこれの生々しい話。

制作サイド「デザインの著作権は弊社に帰属しているため…」

お客さん「え!? なんで? くれないの?」

お客の尖ったツッコミに、しばし沈黙―。

Web制作の打合せ現場において見られる光景だ。著作権について「説明不足の制作サイド」「認識のないお客サイド」のすれちがい。

そもそも契約時に制作側がきちんと説明し、お客側もそれを理解していれば問題は起こらない。しかし、現代においてもなお契約社会から程遠い「打合せ現場」においては、それは理想論と言えるだろう。特にフリーランスのクリエイターには、契約という概念さえなく進行しているケースもあり、まだまだ日本では著作権についての理解や浸透について停滞が続いている。

いったい、Webデザインとは誰のものなのか。
どこまでが制作側のもので、どこまでがお客側のものなのか。

ひとつひとつ、紐解いていこう。

Business people standing with question mark on boards

まず「Webデザインの著作権はいつ、どこで、誰に発生するのか」。これは日本国内で定義されている「無方式主義」が適用される。その定義は凄まじくシンプルだ。

 

◉無方式主義とは?

登録や手続きをしなくても、制作した人に「自動的に著作権が与えられる権利」のこと。もちろんWebデザインは制作会社に著作権が発生し、フリーランスならばデザイナー自身に付与される。

この方式は日本に限った話ではなく、1886年スイスにて制定された「ベルヌ条約」を採用する世界150ヶ国以上の標準となっている。もちろん、そのデザインが「パクり」でないことは大前提ではあるが、オリジナル制作者の思想やアイディア、着想を尊重するための法律として制定されている。なお著作権は日本国内では50年、海外では70年の保護期間が設定される。

しかし1点、認識しておかなければならないことがある。

「Webデザインの《レイアウトと配色》は著作権には適用されない」

ということだ。

 

◉「レイアウトと配色」は著作権外?

著作権とは「思想や感情を創作的に表現したモノ」に与えられる。そして法律上、Webのレイアウトと配色は「その創作物を表現するための手法」として位置付けられている。配置や配色は、単なる「手段にすぎない」ということだ。異論もあるだろうが、このルールのおかげで「Webデザインの配置・配色の訴訟だらけ」という混乱や悪だくみが生じない抑制にもなっている。

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【まずここまでのまとめ2点】

1.Webデザインの著作権は「自動的に」制作側に帰属する。
2.しかし「レイアウトと配色」に著作権は生じない。

レイアウトと配色には著作権が発生しない以上、相当に個性的なWebデザインでない限りは「パクられてもわからない」「パクった側も言い訳できる」という現実があり、オリジナルデザインの著作権の「保護」というのはないに等しいと言える。しかし、ひとつだけ明確なのは、クライアントにサイトを納品する際、契約をしてもしていなくても、

「Webデザインの著作権は制作側に発生している」

ということだ。しかも法的な手続きは一切必要ない。

例えレイアウトや配色に著作権は生じずとも、サイトデザインの中には「文章」もあり「写真」もあり「フォント」もある。カメラマン、コピーライターなど、それぞれにオリジナルの作者がいて、それぞれに著作権が宿っている。当然、それらを包括するウェブデザインにも著作権があるというわけだ。そしてここには「お客」が入る余地はない。つまりそのデザインを手に入れるためには「契約と対価」が必要となる。オリジナルの創作物とは本来、安易に、そして軽視され扱われる存在ではないということだ。

しかし、いくら正論がそうであっても、これはあくまで制作サイドの話にすぎない。こと著作権の理解度や敬意において後進国である日本では、お客サイドは「細かいこと言わずにさ」と、正面突破をしてくるケースがある。「お金がかからない範囲で、なんとかならない?」など、プレッシャーをかけてくることも多い。もし断ろうものなら、二度と発注しないような空気を出してくる。「それなら他社に乗り換えちゃうけど」というわけだ。

日本ならではの風習ではないものの、この国では「納品」「検収」というカッチリした言葉と仕組みが重んじられている。そしてこの言葉には、

《納品 = 全部お客のもの = お金払っているんだから当然》

という先入観が宿っている。その行き着く先が「お客様は神様である」という思想なのかもしれない。

お客が「知的財産権のひとつである著作権」などに明るいわけがない。そのため、安易に「Webサイトの納品=何でももらえる」と考えてしまう。制作途上や納品寸前になって痛い目にあいたくなければ、制作サイドはあらかじめ著作権についての「説明不足」「認識不足」「議論回避」という姿勢を改め、簡潔な説明を用意しておくべきであろう。

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もし、お客の言われるがままに《無料で》イラストレーターやフォトショップのベクトルデータ/写真/文章などすべてのオリジナル素材を譲渡してしまった場合ー。

「これでお客に気に入ってもらえた」と喜ぶのは余りにもおめでたい。

お客はそのデータでパンフレットを作り、展示会パネルに使い、名刺に流用し、社内報に利用し、さらにはユニフォームや営業車のラベルにも対価なしで使用することができる。もともとは「ウェブサイトひとつ」を納品するだけの案件であったはずが、あらゆることに汎用が効く「ブランディング素材一式」を納品することになってしまうのだ。そのため制作サイドは、オリジナルデータを保持あるいは相応の対価で売却できてこそ、ウェブサイト納品以降の新たなオーダーを獲得することができる。商談での「空気」や「抑圧」に流され、無料でデータを渡すのはビジネスのチャンスロスに他ならない。

また、たとえ有料でも、タダのような値段でオリジナルデータの権利を譲渡するのは、魂の安売りになるだけでなく「デザインの低価格化・無料化」を推進することになりかねない。今後、案件を重ねるたびにそれが常態化していくと、いつまでも「デザインの価値」「オリジナルデータの著作権」はゼロに等しい状態が続いていく。そして現在はもちろん、次世代のクリエイターたちは、いつまでも「著作権が軽視された業界」で無言の悲鳴を上げ続けるだろう。お客から「デザインなんてパッパとやってよ」「ついでに、データも全部ちょうだいね」と、未来永劫言われ続けるのである。そのような観点からも、データを死守することだけが得策ではなく、データを譲渡する場合は、お客の理解を得たうえで、然るべき対価にて売却するのがプロである。

一方、お客は「そもそも、著作権なんて知らない」「そんなに大切ならば、最初にきちんと説明すべきだ」という意見を持っている。

ところが、まだ未熟であった時代の筆者の経験では、「オリジナルデータの扱いは…?」「データは買い取りになるのか…?」を聞きにくそうなクライアントや、なんとなく理解はしている担当者も存在した。つまり、ぼんやりとは「著作権ってどうなってんの?」「オリジナルデータはどうなんの?」という感覚を持っている場合もある。しかしそのような場合でも、たびたび打合せでは「データもらえるんだよね」「もらえないと意味がないよ」という修羅場に遭遇した。今思えば、それはこちらの説明不足、または契約時にうまく流され曖昧に完結しているため「元々買い取りの予算なんて見込んでない」「いまさらお金がかかるなんて会社に説明できない」となり、これまで温和であった担当者や経営者との関係に亀裂が入っていった。そう、あたかも自然に主導権を握られていたのだ。営業として、またクリエイターとして詰めが甘かったと言わざる得ない。

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誰に限らず、自社の商品やサービスに愛着や誇り、あるいは接触を持ち、そしてその業界ごとには何らかの法的なルールが絡んでいる。社会的に認められているサービスであればこそ、そこには必ず「法」という拘束がついてまわる。それはマーケットを無法地帯にしないための仕組みであり、そのルールをきちんと扱えない者は、ビジネスにおいて良いパートナーを獲得できず、すなわちビジネスにおいて顧客との関係を醸成できない。

Webがスタンダードの時代になり、人々は世界中の写真や画像、デザイン、文章や動画などを簡単に閲覧することができるようになった。「コピペ」なる言葉も一般化し、他人のアイディアをそのまま利用することに罪の意識を感じない人も多数存在する。現在、先進諸国のなかでは万引きや暴動が少ないと言われる日本でありながら、反対にWeb上でのマナーのなさは世界でもトップクラスに入る可能性も否めない。「バレなきゃいい」という精神、「タダでちょうだい」という思考。著作権に対する無理解が、この根底にあるのだと考える。

これら諸問題の改善に向け、今後何らかのアクションが必要となってくるだろう。では、どのような案が考えられるか。以下、理想論から現実論まで「3点」を挙げてみよう。

 

1. 著作権授業の「義務教育化」

生まれたときからスマホやタブレットがある世代が「暴走」を始める前に「著作権に関する授業」を義務教育の段階で設ける。デザイナーのデザイン、プランナーのプラン、プロデューサーのプロデュースという有形物・無形物はもちろん、Web上の画像や写真や文章には全て「作者」がいるということ。そこには「著作権」があるということ。そしてその利用には「許可とお金」が必要になるということを理解する機会を小〜中学校で継続的に設ける。実際に、社団法人「著作権情報センター」は学校で指導できるウェブ教材を配布し、その啓蒙活動を行っている。こういった取り組みを学校で「標準化・継続化」することが、危機意識の醸成につながっていくだろう。

2. 「経営層・部門長」からの警鐘

社会人になってからも改めての警鐘が必要だ。制作会社はもちろん、企業の広報部門についても、その経営層や部門長から「自社のビジネスに関わる著作権」の教育を継続的に行う。社員には「大好きなクリエイティブのその前に、著作意識を持たないことは職務放棄に値する」という意識付けを徹底する。プロであること、制作することに誇りを持つことは、著作権を理解することに他ならない。大切な顧客に「罪な勘違い」をさせない責任、こじれる前に対応できる営業担当、著作権に詳しいクリエイターの育成こそが「経営のリスクヘッジ」につながる。当然、起業家や事業家、フリ―ランスにおいても「著作権について語る」ことができなければならない。

3. 「データ買取 価格表」の作成

筆者の実体験にて効果のあった方法だ。著作権の無料譲渡やデータ売買の話で争いになる前に、明確な「データお買取り価格表」を用意する。もちろん、契約書にもその内容を記載する。デザイン1ページ、メインイメージ、バナー、写真、テキスト、イラスト、キャラクターに至るまでの価格設定を明確にしておくのだ。「全データ買取まで大げさではないが、部分部分で買い取りたい」というニーズにも応えることができるうえ、最悪でも「価格調整」というステージから話を始めやすい。一時的な二次使用に関しても料金設定を定めておく。これらの手法は自社および自身の著作権へのプライドと姿勢を訴求できる点において、クライアントの人となりを図ることができるだけでなく、後進の育成にも役立つ。「用意されたルールには納得しやすい国民性」を持つ日本人においては、特に有効かもしれない。後出しジャンケンでもないため、お客も検討の余地があるのだろう。価格をみてスパッとあきらめてくれるパターンもあった。有料ならいらないということは、それほど必要としていなかったとも推測できる。「あればいい」と「絶対に必要」の差はこのような機微に出る。いずれにしろ、価格表というルールがあったことで、無駄な議論や不穏な空気は発生しない。

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センスや努力だけが、デザインやビジネスの価値を高めるわけではない。その根幹にある知的財産への理解、著作権への知見を深めることが、そのクリエイティブに深みを持たせ「守ること」につながってく。

オリジナルセンスもさることながら「作品は守られることで、唯一無二の輝きを放ち続ける」ことを忘れてはならない。

パクりパクられ、無料譲渡され、投げ売られ―。

「著作権=無関心」が根付く無法地帯のなかで、現代のクリエイターが有する唯一の権利、それが著作権である。死守か売却か、はたまた一部借用か。数秒の沈黙や一言が命取りになる一進一退の現場において、この「武器」の使い方を修得するのも、勝ち残るうえで大切な「技術」のひとつであると言えるだろう。
 

▶︎著者:清宮 雄 プロフィール
フィリピン・セブ島在住。IoTそしてA.I.時代の国際的な起業家・ビジネスパーソンを育成するIT留学「アクトハウス」代表。メンターとして現場でも奮闘中。アクトハウスの体験談はこちら >>>

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