アップルを迎撃する「巨人の覚醒」

「クールなアップル、ダサいマイクロソフト」。

この縮図が、近い将来変わっていくかもしれない。

かくいう筆者もこの原稿をMac Book Airで書き、そのかたわらには当然のようにiPhoneが置いてある。かつてWindowsユーザーであった私の、手のひらを返すような華麗な裏切りは、二度とマイクロソフトの門を叩けないような罪悪感さえもほと走る。

しかしここのところ、にわかに「マイクロソフト」の広報展開が、非常に優れた方向にシフトしてきている。まるで「巨人が覚醒した」ようなニオイを感じるのだ。

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まずは、対抗馬である「アップル」のこの数年の広報展開を振り返ってみよう。凄まじく洗練されたプロダクトのリリース、黄金率を極めたデザイン、簡潔なキャッチコピーなどで、IT業界のみならず、世界のデザインの在り方を牽引してきた同社。言わずもがな、スティーブ・ジョブズ一派が執拗にマイクロソフトを牽制しつつ、もはや背中が見えない位置まで差を広げたかに見えたのが、この数年ほどの話しだ。

当時、かのジョブズはこうまでも言った。

「マイクロソフトは美的感覚が欠けているのではない。ない、んだ」と。

もはやアップルとマイクロソフトの「ブランドイメージの差」は決定的、まさに勝負あったと思われた。市場では圧倒的なポジションを獲得したアップル。しかし一方で、頂点を極めるということは、衰退の始まりをも予感させた。だからこそ、誰もがアップルの一挙手一投足に注目していた。「もうiPhoneはわかった、iPadも満足だ、さあ次は何だ、何で驚かせてくれるんだ」と。その鬼気迫る空気は、まるで麻薬を欲する重度のジャンキーのような、一滴の水を求め神殿に人が溢れかえるかのような、異常な飢餓感にあふれていた。

その飽和状態のなかでリリースされたのが「アップルウォッチ」だ。

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早すぎたのか、遅すぎたのか、いるのか、いらないのか─。数えきれないほどのデザインやベルトのバラエティ。黄金で作られた百万円以上する18Kゴールドの時計。ユーザーの混乱を良くも悪くも極めたこのプロダクトは、音楽のない空間で「さあ一緒に踊ろう」と言われているかのような、ある種の強制さえも感じられたのは筆者だけであろうか。

さらに商標の問題から「iWatch」でなく「アップルウォッチ」と名乗るに至ったことで、一プロダクトであったはずのこの時計が、社名を冠する代表製品へと図らずもなりかねない宿命にも、不穏なイレギュラーが漂っているように思う。

そんなスベリ気味、あせり気味とも取れた「アップルウォッチ」のリリースから、どうやら雲行きは変わってきたとみえる。

神はマイクロソフトを見離してはいなかったのか。いや、マイクロソフトは「アップルの撃破」という条件と引き換えに、巨額の金で神の魂をも買い取っていたのかもしれない。我々が知るずっと前に。

マイクロソフトは、アップルウォッチのリリース直後の世間の動き、混乱を見定めていたかのように、アップルが忘れかけていた「人間味・ヒューマニズム」に軸足を置いた広報展開を始動した。まるでアップルの「足元をすくう」かのような、テクノロジーの在り方を原点に返す、絶妙なアクションを発信し始めた。ダサいと言われて続けてきたマイクロソフトが、不死鳥のように地獄の底から息を吹き返す。「テクノロジーに勝てるのは、人の心だ」とでも言うかのような「人間」に軸を置いたプロモーション。ピンぼけが続いていた巨人の視点はいよいよロックオンし、ついに覚醒したのではないかと思われる。プロダクト、広告、経営方針、時代、すべての足並みをそろえ、追い風を自力で巻き起こし始めたのだ。

このマイクロソフトの広報展開について、最新の動きを取り上げたいと思う。
 



 
【Windows10発表時に、CEOがケニアにいるというフェイント】

Windows 10リリース記念イベント時に、サトヤ・ナデラCEOはどこにいたか。大観衆の前で嬉々とプレゼンしていたわけではない。答えは、ケニアのナイロビだ。インターネットはもちろん、電気や水道すら満足に整備されていないこの国では、手紙を1通送るのに数時間かけて郵便ポストまで歩かなければならないという。災害の際の情報共有、犯罪の際の人命救助もままならないこの地に、マイクロソフトは「インターネット」という「道具」を整備・提供した。
この動画では、ケニアの地でどのようにネットを可能にしたか、電波帯域で利用可能なテレビの帯域を利用したことがエンジニアの口から熱く語られる。ここにあるのは、ソフトやハードの自慢ではない。あるのは真っ直ぐな「情熱」だけ。そして動画の後半では、インターネット、最新のテクノロジーに触れるケニアの人々の食い入るような視線と姿勢が見てとれる。時代が動いた瞬間だ。

手付かずの自然、あるいは人の心や文化にテクノロジーが入ることは、良いことも悪いこともあると思う。しかしテクノロジーは弊害ではなく、コミュニケーションの手段としてどこまで人を助けることができるのか、豊かにできるのか、そこにマイクロソフトは「原点回帰」した。まるまる太ってきたアップルに対する、美しい宣戦布告。ストイックな「草の根活動」で、静かに、そして力強く攻勢に出始めた。リンゴのマークの天才集団が金色の時計を作っている間に、マイクロソフトは何を考えていたか。インターネットのない世界で生きる「あと40億人」の人々のことを考えていたのである。

またこの流れのなかで、8月2日、ナデラCEOはBBCのインタビューにおいて「Windows 10」搭載ヘッドマウントディスプレイ「HoloLens」のラウンチを2016年中に見込んでいると発表した。3D映像を空間に表示し、さまざまなアプリの操作を行えるのだという。すでにNASAや医療業界において開発が進んでいることも同時に開示された。ケニアのプロモーションで注目を集めたところで、ちゃっかり新しいチャレンジをアピールすることも忘れていない。

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このような記事を書いていると、まるで筆者はマイクロソフトの回し者のようだが、断じてちがう。冒頭に書いたように、まったくのアップルユーザーであり、またアップルの製品を愛している。そしてこれからも愛しつづける。もちろん今後もアップルの製品は使い続けるものの、マイクロソフトが打ち出してきている「テクノロジーで世界を変える」というピュアな「行動」は、かつてのアップルにあった純真たるそれと重なって見えることは確かだ。なんとも複雑な気分になってくる。かつてアップルが教えてくれたことを、今度はマイクロソフトに教えられたような、デジャブともいえない、顔に冷水をかけられた気分になってくる。同時に、この2つの企業の日々のせめぎあい、積み重ねには、畏敬の念を抱かずにいられない。

また、東南アジアで暮らしている筆者から見ると、この両社以外にも、無数の若手IT企業がタブレットやPCを「毎日、新製品をリリースしているように錯覚」する。アップル、マイクロソフトが創りだしたITの黎明期はとっくに終了し、電子機器売り場では、ちょっとでも古い型の製品はゴミのように投げ売られている。次世代のスター企業たちが、いま着々とアンダーグラウンドで新しい製品を生み続けているのだ。そのなかにはパクリもあるし、パッとしないものも多い。しかしそのダッチロールを繰り返すなかで、この東南アジアからスター企業が突然出て来る日も近いかもしれない。彼らにはかつてのアップルが持っていた「hungryとfoolish」がある。

新しいだけでは、美しいだけでは、飽きられる。使いやすいだけでも魅力がない。飽和し続けるテクノロジーは、どこへ向かっていくのか。

混乱と批判、ユーザー離れと人気低迷のなかで、マイクロソフトが打ち出してきた「新しいことを誇らない、美しいことを自慢しない」やり方。テクノロジーが持つ本来の役目、ドラえもんの歌にある「こんなこといいな、できたらいいな」を叶える「超・原点」への回帰。一度地獄を見た人間、そして会社は、強靭な精神力と発想を備えて戻ってくることの好例のように思う。

辛酸をなめ続けたマイクロソフトの動きに、今度は勉強をさせてもらう機会が増えるのかもしれない。

巨人はいかにして覚醒するのか、を。
 

▶︎著者:清宮 雄 プロフィール
フィリピン・セブ島在住。IoTそしてA.I.時代の国際的な起業家・ビジネスパーソンを育成するIT留学「アクトハウス」代表。メンターとして現場でも奮闘中。アクトハウスの体験談はこちら >>>

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